GUIRO
9/28(日) 出演予定


Profile
GUIRO


97年頃、高倉が主宰していたセッション的バンドに思いつきで付けた名前がGUIRO(ギロ)である。しかし仕事の忙しさから程無く活動を休止する。


98年頃、仕事のペースも落ち着きリハビリという名目でトリオでスタジオに入り始める。便宜的にGUIROとする。 99年頃、とあるレコーディングに呼ばれた高倉が、ギタリストとして呼ばれていた渓(Ett/Flyline等)と出会い意気投合、GUIROへの加入となる。この頃から現在に至る音楽性やメンバーの変遷が始まる。


02年頃、武村モモジ氏(スティーブジャクソン)に「名前を変えたほうがいい」と言われ少し悩むが特に良いものが浮かばず、改名を頓挫する。


03年、兼ねてより生温かく見守ってくれてはいたが、活動ペースの余りの遅さに煮えを切らした現8(エイト)レーベルオーナー則武氏にシングルCDリリースを持ちかけられる。丁度完成したばかりの「あれかしの歌」を聴いてもらうが「B面っぽいね」と言われる。めげずに「いや、これを1曲目で」と押し切り、同年1stシングルとして発売。カップリングは「目覚めた鳥」。以降05年迄に3枚のシングルを発表する(現在は4タイトルすべて完売)。


05年、Ett専念のため渓、にしもとさゆり脱退。同じくサポートとは言えほぼレギュラーだった亀田暁彦も就学のため離脱。一気に高倉、松石、厚海の3人となるがこれを良い鍛練の機会と受け止め、トリオギロとして活発にライヴを始める。


これが功を奏し、バンドとしての演奏の楽しみにやっと開眼する。同年暮れには亀田復帰。06年春頃より、アルバム制作準備に入る。ゲルスタにてプリプロダクション開始。10月、鳥羽修氏をメインエンジニアに迎えレコーディング開始。


07年夏、ミックス&マスタリング終了。9月23日、「Album」発売。同年秋から08年初頭にかけ、ささやかながら各地にてレコ発ライヴを敢行。その終了を機に、亀田がPhallusor専念のため脱退。


現在三たび3人となり、サポートにレギュラーで竹内絵美(えみとよしろう)を迎え、流動的に伊藤喜文(ビーバーボーイズ)、藤井友信(music from the mars)、イガキアキコ(たゆたう)、yossy & icchie (yossy little noise weaver)らをゲストにライヴを行っている。


GUIROの音楽を言葉で説明するのはなかなか難しい。日本語のポップスと言ってしまえばそれで終わらないこともなく、しかしそれではあまりに説明不足とも言える。なのでここは「Album」発売時に松永良平氏が寄せてくれたコメントを1つの参考に。そしてここから先はまたのお楽しみに。


[Offisial Web] http://www.10po.com/guiro/

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